うつ夫とパニコの人生いろいろ

これは過去にうつ病になった夫とパニック障害になった妻の物語。ゆる~い四コマ漫画とともに人生いろいろな日々をお届けします。

「守・破・離」で考える、子育てと家庭のあり方。

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十月十日、子育てのための心の準備期間

いよいよ、出産予定日まで1か月を切った。

妊娠が分かってから、うつ夫と、あれこれ子育てについて考えてきたのだけれど、この十月十日という妊娠期間は、赤ちゃんがお腹の中で生まれる準備を整えていくのと同時に、親にとっても子育てのための心の準備期間として、必要な時間なのかもしれない。

 

子育てには、たくさんの情報や方法論が溢れているが、やはり、これが正しい!これが絶対!というのは無いのだと感じる。

 

というのも、子どもも、家庭環境も、それぞれ違うのだから、その時々でどうしたら良いのか模索しながら、自分たちのやり方を見つけていくしかないのだ(汗)

だからこそ、子育ては大変なのだろうし、逆に言えば大きな学びにもなる。

 

 

親の価値観が子どものベースをつくる

ただ、一つ思うのは、子育てに正解はないのだろうけど、幼少期に親が子どもに与える影響は、非常に大きいということだ。

多分、親の価値観が、子どもの価値観のベースをつくることになるのだろう。

子どもは、親の考え方や行動から生き方を学んでいくわけだ。

 

もちろん、親だって完璧では無いから、正解や全てを教えることなどできない。

でも、親の考え方や行動が、一つの型として、子どものベース(基礎)となっていくとしたら、やはりある程度は慎重にならざるを得ない。

 

 

家庭は「守・破・離」の「守」の部分

子育てを「守・破・離」で考えたとしたら、家庭とは、「守」の部分に当てはまるのかもしれない。そんなことを思った。

 

パニコは、この「守・破・離」の考え方が結構好きである。

 

「守・破・離」というのは、茶道や武道などの修業のプロセスを示したものだ。

何か物事を極めるには、まずは、師による型を習い守ること、次に、その型を破り自分のやり方を模索していくこと、そして最終的に、型を離れ自分のやり方を確立すること

この3つのプロセスがあるという考え方が「守・破・離」である。

 

もとは、千利休「規矩作法 守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」という言葉から生まれたらしい。

 

この言葉も示しているように、どんなに型を破り離れても、やはり守の部分、すなわち基本というのは重要な要素なのだと思う。

 

 

破り離れても、基本(守)は大事!

型を守ることは、決して全てでは無い。

それを破り、離れることで、新たな未来を切り開いていくことができるのだ。

 

しかし、もし、基本となる型(守)が無かっとしたら、道に迷ったり悩みが生じたりした際に、途方に暮れてしまうかもしれない。

型が無いまま取り組むのは、ただの「型無し」である。

 

基本(守)があれば、例え迷子になったとしても、いつでも帰ることができるのだ。

いったんベースに帰り、シンプルにしてみれば、何かに気づくことができるかもしれない。

そして、またそこから、足し算、引き算していけばよいのだ。

 

そういう意味で、基本(守)というのは、とても大事な役割を担っている。

 

 

「守・破・離」で考える子どもの成長

子どもの成長のプロセスにおいて、家庭というのは、この「守」の部分に当たるのかなと思うのだ。

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幼い頃は、子どもにとって、家庭という世界がほぼ全てになるのだろう。

その世界しか知らない子どもは、その中で価値観を身につけていくのだ。

しかし、成長するにつれて、外の世界を知ることになる。

 

学生となり、社会人となり、外の世界に触れるほど、それまで身につけた価値観が全てではないことに気づき、少しずつ自分なりの価値観へとアップデートしていくのだろう。

(反抗期もその課程の一つと言えるかもしれない(汗))

そして、いつか結婚して自分の家庭を持つことになるのかもしれない。

こうして、守から破、離、のプロセスを歩んでいく。

 

きっと、パニコもそんな風にして歩んできたのだ。

 

しかし、出産と子育てを控えた今、実家という存在はとても大きい。

困ったこと、分からないことがあれば、やはり頼りになるのは実家だし、今になって、親がどんな風に自分を育ててくれたのかなと考えたり、育ててくれたことを本当にありがたく感じたりもする。

 

やはり、生まれ育った家庭というのは、生涯自分のベースとして、心に存在し続けるのだろうと、つくづく感じるのだ。

 

 

家庭は、いつでも帰ることができる場所。

家庭は、きっと、いつでも帰ることができる「守」の部分。

迷子になったら戻ってこれる場所。

それは、物理的にもそうだけれど、心理的にも言えることだ。

 

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子育てを通じて、そんなベースを子どもに提供することができたら本望である。

 

子どもは、成長し、いつかは離れていくのだけれど、何か困った時にふと思い出せる場所をつくってあげたい。

いつでも戻れるベース、子どもにとって、そんな存在であり続けられる家庭を築けたら、これ幸いである。

 

そのために、今、自分たちができる精一杯の子育てを模索していけたら良いなと思う。