うつ夫とパニコの人生いろいろ

これは20代でうつ病になった夫とパニック障害になった妻の物語。ゆる~い四コマ漫画とともに人生いろいろな日々をお届けします。

理想の老後「縁側で茶をすする」これぞ究極の心のゆとり!

今週のお題「理想の老後」

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縁側で茶をすする

今週のお題「理想の老後」ということで、本日はこれについて書いてみようと思う。

というのも、「理想の老後」については、時々うつ夫と想像しているのだ。

 

うつ夫とパニコにとって、現時点での「理想の老後図」はこれだ。

「縁側で茶をすする」

 

これを言い出したのは、うつ夫の方だった。パニコは当初、「縁側で茶をすするなんて、なんか平凡でつまらないなぁ」とも思っていたのだ。海外旅行をするとか、スポーツで健康づくりをするとか、もっといろいろあるはずだ。

しかし、何度も聞いているうちにすっかりイメージが出来てしまった。

そして、このほのぼのした穏やかな光景の中に、とても贅沢さを感じられるようになってきたのだった。

「縁側で茶をすする」、これぞまさに、究極の心のゆとりなんではないだろうか。

 

心が豊かだから味わえること

考えてみれば、私たちは普段どれだけお茶を味わえているんだろうか。

どれだけ、空の美しさや風の心地よさを感じられているのだろうか。

今この瞬間に心を落ち着かせている時間が、どれだけあるのだろうか。

 

忙(せわ)しなく過ぎていく毎日の中で、今この瞬間を十分に味わえるだけのゆとりを持てることは、とても贅沢なことである。

 

そして、いつもそこにある「あたり前」の中に素晴らしさを見出し、嗜(たしな)むことができるのは、心が豊かである証拠だろう。

こうした心の豊かさは、きっと若いうちに様々な経験を重ね、あれこれ思考してきたからこそ、得られるのだと思う。

楽しいことだけでなく、辛さや悲しみも経験した結果の豊かさである。

人生に深みがあるからこそ感じられる充足感。満ち足りた感覚。

それこそ、まさに「縁側で茶をすする」感覚なのかもしれない。

きっと老後だからこそ、感じられるものがそこにあるんだろうなぁ、と思う。

 

思えば、祖父母もよく縁側でお茶をすすっていたことを思い出す。(祖父はもう他界してしまったのだが…。)今思えば、あの平凡な光景が幸せそのものだったのだ。

 

縁側に腰かけ、空を眺め、風を感じ、お茶を味わう。

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さらに、自分たち以外にも子供や孫たちが周りにいたら尚幸せだね、とうつ夫とイメージを膨らませている。

 

歳を取るのも悪くない

老後、この究極のゆとりを体験できるように、今はたくさんの経験を積んでいこう。浮き沈みしながら、不安定で忙(せわ)しない毎日でも、その先にきっと心の豊かさを得られる日が来ると信じ、一歩一歩、歩んでいきたい。

 

孔子は論語の中でこう言っている。

「…60にして耳従う。70にして矩(のり)をこえず。」

…60歳で人の言葉を素直に聞けるようになり、70歳で自分の思うように行動しても人の道をはずれることがなくなった。

孔子だって、はじめから全てを分かっていたわけではない。歳を重ねながらだんだん豊かになっていったのだ。

 

だんだん心にゆとりが生まれ、豊かになっていけたら、歳を取るのも悪くないなぁと思う。

老後、どんなお茶を味わえるのだろう。そして、どんな景色を見れるのか、楽しみである。